□2006.12.31(San) |
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■ジャパネットたかた
ここ十数年、ジャパネットたかた社長・高田明さんの言動に注目している。
ラジオ通販を始めた十数年前から、この人はタダモノではないと睨んでいたが、テレビ通販を軸にした急成長ぶりは見事なものである。一時、顧客名簿流出という憂き目に会い、苦労した時期もあったが、この人は逆境をも成長の糧にしてしまった。
今日の日経新聞・マイバランスに高田社長が登場している。
相変わらず若い。この若さの秘密は何だろう。話のなかにヒントがあるのだろうか?
もともと遠い将来の目標を定めて向かっていくタイプではなく、目の前の課題をこなすことに最善を尽くしてきました。独立してカメラ店を出したときもラジオ通販を始めたときもテレビ通販に進出したときも、一番になりたいと考えました。
お客さんには誠実に対応することを心掛けました。
夜中にフィルムを持ってきて朝までに現像してくれといった注文など何でも受けました。
百三、四十人の団体の海外旅行に付いていき、写真撮影のため一人でカメラバックを担いで走り回り、帰国後三日間首が動かなくなったこともあります。
そうした満足度の積み重ねの結果、お客さんが増えたのだと思います。
三十代の半ばのころ、子供を撮るため六十万円近いビデオカメラを購入しました。
やむなく分割払いにしたら金利だけで十数万円もかかりました。
加えてビデオカメラが四キログラムと重く、バッテリーも短時間しかもたない。
結局一、二回しか使わなかったかな。
分割払いの金利・手数料をすべて負担したり、私が番組で家電製品の新しい使い方を提案するのは、このときの経験があるからです。
やはり商品は消費者に使ってもらわないと意味がないのです。
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□2006.12.24(San) |
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■理念
高木利美著「新 経営は人生のお祭りだ」(豊友経営研究会 発行)を読んでいる。
長く本棚に眠らせていたので、すっかり干乾びてしまったが、内容は依然として光り輝いている。
悪い読者に共通しているのは、困ったときにしか開けない、ということだ。
「ああ、困った、何とかしなければ・・・」
という時にだけ、そっとこの本を開ける。それでは遅いのに・・・。
「経営理念事例集」の中にこんな文章を見つけた。
「会社が社会に存在する意義を考えよ。会社はお客様のためにあるのか?
会社のためにお客様があるのか?言うまでもないことだが、“お客様のために会社が存在する”という理念を持つことが大事である。
ある年の9月、スーパーN社の社長が息子である営業担当者に、“今夏の商戦はどうですか?”と尋ねた。“今夏は冷夏のため苦戦しています”との答えに、以外にも“よかったですね”と言われた。社長は、“お客様が過ごしやすい涼しい夏でよかった”というわけである」
はっとした。「お客様第一主義」や「顧客満足」は耳にタコができるほど聞かされている。
ところがその本当の意味を正しく理解できていただろうか?否である。
「お客様第一」と言いながらその実、営業担当者のように、自分のことばかり考えていたのである。
今、「理念」という深い意味合いが少しずつ分かろうとしている。もう少しだ。
著者の高木さんは、惜しいことに先月亡くなられた。
遺影が我々に何か語ってくれているのだろうか?
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□2006.12.17(San) |
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■その先のセンス
タレントのそのまんま東氏が、宮崎県知事選の出馬を正式表明した。
たけし軍団として活躍していた頃のイメージとはかけ離れ、本人はいたってマジであった。
以前、「たけしのここだけの話」(フジテレビ)というトーク番組で、ビートたけし師がこの愛弟子のことを語っていたのを思い出した。
このあいだ、東とラッシャー(板前)が海外へ行ったんだけど、税関で捉まっちゃった。
だいたいお笑いのヤツラは挙動不振なのが多くて、よく捉まるんだけどサ、「お前らは何やって
んだ」って職業のこと聞かれたとき、東が、「俺はキコリで、あいつはイタマエだ」って答えたの。
そしたら向こうが、「キコリとイタマエがなんで一緒にいるんだ?」ってまた聞くわけ。
それで東が言ったんだって。「俺が切り倒した木でまな板こしらえて、こいつがすぐそこで調理
するんだ」って・・・・。
なるほど、芸人のセンスが光るエピソードだ。
ビートたけし著「あのひと」の中にも、こんな場面がある。
「おまえ、ひまわりって聞いてなにを連想する?ゴッホとかソフィア・ローレンとかオフコースの
武道館コンサートなんていったら承知しないぞ」
「えーと、だから、ひまわりだから・・・・・・」
「なにをブツブツいってんだよ、早くいえよ。ひまわりから連想するものだぜ。シャワーのノズル
もダメ。ピカドン、原爆のオッペンハイマー博士、ビキニの灰の第五福竜丸の久保山愛吉もダメ
だよ、月並みだからさ。早くなんとかいってみろ」
「・・・・・・・・・」
「しょうがないね、いまいったことぐらい瞬間的に出てこなくちぁ、芸人で生きていけないよ。
それでもまだ60点、その先がセンスの問題よ、売れるか売れないかはそのセンスにかかってい
るんだぞ、わかったか」
知事選からセンスの話になったが、政治にもセンスは必要なのだろう。
「行政に対する不信感、不安感を回復させ、クリーンな宮崎、開かれた宮崎を訴えていきたい」と抱負を語る東氏の、その先のセンスを見届けたい。
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□2006.12.10(San) |
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■見だしなみ
以前、サントリーが「青いバラ」の開発に成功した、と話題を集めた。
酒、飲料水を扱っている会社が、なぜバラを?と思ったが、どんな戦略があったのか。
それはさておき、今度は「レインボーローズ」(下の写真)である。
オランダで開発された七色のバラが、クリスマスプレゼントとして人気を集めているそうだ。
青いバラどころではない、どう開発したのか?と思ったが、どうやら着色した水を白いバラの茎から吸わせて染めているらしく、花びらを一枚一枚変える技術は秘密にされている。
青いバラもレインボーローズもそうだが、技術は年々進歩している。
その分だけ、人は何か大切なものを失っていて、それはたぶん心の部分ではないかと思う。
エッセイスト・飛島圭介さんの、「身だしなみ」という小文を目にした。
「身だしなみとは、他人に不快感を与えない服装や態度をさすが、つまりはわが身のたしなみ、“節度”を意味する。人は生きてきた時間の分だけ、“節度”の幅は確実に広がっている」
「それが大人になるということ。身だしなみとは、いかに己を大切にし、いかに他人を思いやることができるか、なのだろうと思う」と結ばれている。
“節度”か・・・。おそらくそうだ。生きてきた時間が長ければ長いほど、節度をわきまえていなければいけないのだろう。それは企業も同じことで、そうすることで共生が成り立っていく。
残された時間、どう節度を守っていくか?
青いバラやレインボーローズどころの話ではない!
丸山博さん撮影・レインボーローズ
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□2006.12.03(San) |
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■過去を焼き捨てる
焼き捨てて日記の灰のこれだけか
放浪の俳人・種田山頭火の句だ。分かる気がする。
おそらく山頭火の日記には、自身のあらゆることが記されていたのだろう。
飢えも寒さも、怒りや憎しみ、歓喜の裏側にある哀しみも、そして句のことも。
山頭火にとって、その日記は自分そのもので、かけがえのないものだったに違いない。
それが焼き捨ててみれば、これっぽっちの灰しか残らない。自身の重みは何だったのだろう・・・。
中日新聞・朝刊「けさのことば」の中で、俳人・金子兜太さんは、山頭火の句をこう解説している。
日記八冊焼き捨ててしまったので困った。しかし困っても焼き捨てたのはよかったろう。
こうして捨てるという心意、過去を焼き捨て、遮断するという心意は、放浪者にはつきものだ。
記録は残さないほうがいいという思いと、記録しておきたいと思う気持ち。
この心の葛藤を抱いて山頭火は放浪する。
さて、記録は残すべきか、焼き捨てるべきか?
過去の延長線上に未来があるなら、残すほうが得策である。
しかし、そこに未来がないなら、すべてを捨ててしまうのも大切なことのように思う。
ことに創作が仕事なら、記録が未来を邪魔することがあるだろうし、それに縛られることもある。
「唐九郎の再来」と言われている若き陶芸家・加藤高宏さんが陶芸を始めたとき、父親の重高さんは「教えないことは最大の教えること」と、何も教えてくれなかった、ということを何かで知った。
「教えることがかえって独自の方法で容易に到達できることの邪魔をしたり、後になっても教えられた影響から解放されずに苦労することになる」と。
この際、すべての記録を焼き捨ててみたらどうだろうか?
積み上げていく自分ではなく、あるべき自分を追い求めていくのである。
案外、簡単に自分が変えられるのかも知れない!
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□2006.11.26(San) |
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■アイデア商法
老舗の書店経営が難しいようである。
大型店が資本力にモノを言わせて、次々に老舗書店の近隣に進出しているからだ。
本の量や立地ではとうてい敵わないから、老舗書店は続々と廃業に追われている。
“経営力”がないから、廃業は仕方ないことだが、かつて通った書店が消えていくことは悲しい。
本箱で眠っている本をどこで購入したかは、大抵、覚えているものだ。あのときこんな気持ちで買ったとか、そのときこんな境遇に置かれていたとか、大概、思い出せるものだ。
新聞に、創業約60年を誇る札幌市の「くすみ書房」が取り上げられている。
地下鉄延伸などで客足が遠のき、売上げが年々減少。
二代目経営者は、「あと1年頑張って駄目なら店をやめます」と朝礼時、店員の前で宣言した。
この背水の陣が功を奏したのか、あるビジネス書との出会いがあった。
その本には、「非常識の中に成功がある」と書かれていた。
これをヒントに二代目は、次々とアイデア商法を展開。
勝負に出た「売れない文庫フェア」や最新企画の「読まずに死ねるかフェア」。
中学生にお勧めの本を紹介するフェア「本屋のオヤジのおせっかい 中学生はこれを読め!」
活字離れが進み、本屋から中学生の姿が消えたことを危惧したからだ。
こうした企画モノが各地の書店の共感を呼び全国に広がった。
そして、そこから得た結論は、「地域と一緒に歩む」。
地域の求めに応えつつ、ときには地域に苦言や危惧を投げかける、そんな姿勢が地域の人たちにしだいに受け入れられてきた。
「くすみ書房」は、地域という火種の中に今日も“くすみ”続ける!
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□2006.11.19(San) |
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■セルフ外食
何の変哲もない串揚げ屋の店内、若い女性たちが微笑んでいる。
女性たちの前には、揚げる前の串刺しの素材が皿に並び、テーブル中央には揚げ油を入れた「フライヤー」が設置されている。
串揚げ屋「串家物語」。ここでは、顧客が牛肉やエビ、カボチャなど好きな素材をテーブル上に書いた揚げ時間の目安に沿って、自分で揚げる仕組みになっているのだ。
自分で揚げるから、揚げたてが食べられる。テーブルで調理することで、仲間との会話がはずむ。
加えて、店の人件費が節約できるから商品に割安感がある。
こうした利点が顧客に受けて、セルフ式の店は新たな潮流となっている。
しかし、「自分仕様」「会話」「値段」といった利点の他に、店側にある背景も透けて見える。
実は、外食産業の人手不足、店舗用の物件難は他業態と比べて厳しい状態にある。
セルフ式が増えるのは、狭い店舗で効率的に運営する手法を模索した結果とも言える。
また、都心部の外食産業の人件費がかつてないほど高騰していて、「1人でも人件費を減らしたい」実情とも合致している。こうした背景を逆手に取った店舗経営だが、顧客が喜び、店舗も潤うという戦略は見事である。
いつの世も、ピンチがチャンスであることに変わりない!
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□2006.11.11(Sat) |
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■経営の型
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日
「サラダ記念日」で知られる歌人・俵万智さんが、「手紙」について、こう述べている。
手紙は、時候の挨拶、相手の安否を問う言葉、本文、締めの挨拶、日付、自分の名前、相手の名前の順で、一般的な“型”を踏まえて書かれる。形式があるのは面倒くさい、という意見があるが、実は、形式というのは、面倒なことをラクにしてくれるものでもある。
「さあ、なんでもいいから自由に手紙を書きましょう」と言われたら、白い便箋を前にして、子どもたちは戸惑ってしまうだろう。“型”を踏まえることで助走がつき、本題にすんなりと入っていける。
そうか、“型”という長いあいだの知恵の集積が、手紙を形作っているのか。
ならば、経営もそうなのだろう。企業家の長いあいだの知恵の集積が、経営を形作っている。
「経営指針書を作りましょう」という運動が、中小企業家の中で叫ばれている。
「経営理念」で、企業の社会的存在価値やめざすべき企業像を確立し、「経営方針」では、中期の目標と到達への道筋を示し、理念、方針を具体化するため数値目標化していくのが「経営計画」である。
いわば、「理念」「方針」「計画」といった“型”を踏まえたものが経営指針書なのだ。
これが、「さあ、なんでもいいから自由に経営しましょう」に歯止めをかけ、企業に永続的な維持発展をもたらすことになる。
相撲の型を持った力士が勝てるのと同じで、経営にも“型”が必要なのだ。
すみやかに経営の型作りにいそしもうではないか!できるだけアートに、アートに、だ!
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□2006.11.04(Sat) |
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■座禅クラブ
その昔、一橋大学に座禅クラブ「如意団」があった。
座禅を通じて多くのことを学び、生涯の指針を得るのを目的とした。
学校の道場の他、鎌倉の円覚寺の道場で座禅を組んだ。
夏休みは那須高原の雲巌寺に行き、雲水と同じ修行をするのが決まりだった。
朝5時に起床。畑仕事を済ませてから朝食をとり、座禅を組む。
午後は決められた作務を果たし、早々に床に就く、という生活を2、3週続けるのである。
随処に主となれば、立つところみな真なり(臨済録)
リーダーに必要な資質、心構えを端的に示す臨済録の中の言葉である。
「随処に主となれば」は、どのようなところにあっても主体的に考えることが大切、という意味。
自分の属する集団のために何が本当に必要なのか、何が本当に大事なのかを考えて問題解決のために一生懸命努力すれば、人は必ず好意を持ってくれるし、ついて来てくれる。
上は、今朝の日経新聞「私の履歴書」から大切な部分を抜粋した。
味の素会長・江頭邦雄さんの生き方の一端が覗いている。
座禅クラブ「如意団」は今も存在し、座禅を組み続けているのだろうか?
ある時期、静かに生き方を問うのは、大事なことのようだ。
振り返れば、深く考えることなしに今日まで来てしまった。
溜まったツケを完済し、晩秋、静かに生き方を問うのもいいだろう。
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□2006.10.29(San) |
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■パティシエの理念
何気なく見るテレビで、洋菓子づくりを競っているところが映る。
形、色具合といい、まるで小型模型のような精緻さを、洋菓子の素材だけで作り出していく。
それは、洋菓子職人と言うより、アーティストの域に達しているのではと思ってしまう。
“パティシエ”という言葉が、日本で、いつ頃から使われているのだろうか?
和訳すると“洋菓子職人”を言うらしいが、日本中に広まったのは、つい最近ではないか。
マスコミが作り出した造語のような気もするが、脈々と歴史を紡いだ職業の名なのだろう。
パティシェ・辻口博啓さんが、小文に自分の半生を記している。
そこから垣間見えるのは、洋菓子職人としての理念。
誰にも譲ることのできない強い思いが、そこにはあった。
18歳で洋菓子職人になろうと上京したものの
3ヶ月後には実家の和菓子屋が人手に渡り
父が行方知れずとなってしまいました。
母は長男の僕が故郷に戻るよう懇願しましたが
「パティシエになりたい」という夢は
どうしても捨てることはできなかった。
母は、朝は七尾の浜でこんぶ洗い、
昼は病院の賄い婦、夜は温泉旅館の配膳をして
弟や妹を育て、僕は東京で早く一人前になりたくて
がむしゃらに働きました。当時は自分を取り巻く
すべてのことに「負けたくない」、それだけでした。
ところが洋菓子のコンクールに出品しても、初めは落選続き。そのうちに
やっと自分に欠けているものに気がついた。
それは「ケーキで人をしあわせにしよう」という
強い気持ちだったのです。
そうして世界大会で優勝し、フランスで修業を積み
東京・自由が丘に自分の店を持つことができ
上京から18年たったある日。
某区役所からの連絡で駆けつけると
18年振りに会うその人は病院のベッドにいた。
初めは「帰れ」の一点張りで
僕との交流を頑なに拒否していたけれど
2度目の訪問で持参した僕のケーキを口にすると
「うまい」と言ったまま涙をボロボロ流し続けた。
話なんかしなくても父の思いは十分伝わってきて
僕のケーキはこのときのために生まれたのだ、
と実感し、胸が熱くなりました。
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□2006.10.22(San) |
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■トヨタの世界
新聞のページを繰ると、トヨタの熟練工が若手社員に技をたたき込む場面が写っている。
所は、「道場」と名付けたトヨタ自動車元町工場(愛知県豊田市元町)の一角。
学校の教室ほどに仕切ったスペースでは、熟練トレーナーが次々と送り込まれる元町配属の若手を、1週間ずつマンツーマンで指導している。いずれも究極の車造りを追求するために。
「工具の音や振動で感覚をつかめ」
「1台たりとも不具合のある車を出すな」
「“なぜ”を5回繰り返せ」
「無駄な動きは働きではない」
探究心や創意工夫を従業員らに習慣づけ、職場の「カイゼン」を絶えず模索させる。
その結果、「社員は問題がないことを逆に問題と感じている」。
記事の終わりに面白いことが書いてあった。ここからトヨタと他社との違いが垣間見える。
「長年、トヨタと三菱の両従業員の髪を手入れしてきた岡崎市内の理髪店主は、両者を見分けるコツを明かした。“三菱の方は散髪している間、世間話をする。でもトヨタの方は席に着くと眠り始めるんです”」
これではうつ病が多いのもうなづける!
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□2006.10.15(San) |
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■風が吹けば桶屋が儲かる
「風が吹けば桶屋が儲かる」という話がある。
強風で土埃が目に入ると、目を悪くする人が増える。
盲人が多くなると、角付けして生活しようということになり
三味線を習う人が増えて、三味線が売れる。
三味線の胴には猫皮だから、 猫が減って、鼠が増える。
鼠が桶をかじって穴を開けると、桶屋に注文がくるというのである。
一つ一つの連鎖が起きる可能性はおそらくどれも1%もないだろう、といわれる。
全体としては全くといっていいほどありえない話なのだ。
しかし、新商品開発とか顧客創造という視点で見ると、こうした連鎖の可能性を探ることは、あながち無意味ではないという気がする。
かつて、「猛暑の翌年は景気がよくなる」というのがあった。
太陽がよく照ると山間部の杉がよく育つ。
翌年はたっぷりと花粉をつけるから、それが風に乗って都市部にまき散らされると、
あちこちでくしゃみが起きる。
皆、医者に行って花粉症の薬をもらうから、国民の医療支出が伸びる。
あとは製薬会社の設備投資やら、何やら、経済の乗数効果も働いて、
一定の景気浮揚効果が現れるというのである。
「北朝鮮が核実験を行った」「飲酒運転で懲戒解雇」「おたふく風邪が流行」といった身近な話題を連鎖していくことで、何かヒントが見つかると思うが、どうだろう?
「風が吹けば桶屋が儲かる」的発想が時には必要かもしれない!
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□2006.10.08(San) |
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■飲酒運転撲滅の知恵
飲酒運転という社会悪を撲滅しようと、警察が躍起になっている。
それは悪いことではないが、一方で、アルコールを扱う飲食店やスーパーに少なからず影響を与えていることを頭の片隅に入れておかなければ、正義の御旗を掲げたところで、支持が得られないことだってある。
居酒屋、スーパーで知恵絞る!という見出しが新聞に出ている。
飲酒運転による悲惨な事故が相次ぐ中、居酒屋やスーパーなどに、これを未然に防止する取り組みが広がっているということだ。
こうした知恵は、すでにニュースで流れているので鮮度が低いが、企業でも応用できる。
経営課題を目の当たりにしたときに、どう考え、どう行動していけばいいかの参考になるので少しまとめてみた。
「八剣伝」「酔虎伝」グループでは、車で来た客に対して次の誓約書を取ることにしている。
@ 絶対に飲酒運転をしないこと
A 飲酒の場合はタクシーや代行運転を利用すること
そして、署名拒否にはアルコールを提供しないことを決めている。
居酒屋チェーン「昭和食堂」では、新たに乗用車40台を購入し、客を最寄り駅などに無料で送迎している。
チェーン店「あみやき亭」は、焼き鳥店「美濃路」の食事メニューを増やしたり、座席の配置を換えたりして、居酒屋から家族向け食事処へシフトする。
その他、流通大手のイオン、セブン&アイ・ホールディングス、ユニーの各社は、店頭でのワインなどアルコールの試飲を中止した。
いずれも、飲酒運転防止はアルコールを提供する店舗としての社会的責任と捉え、飲酒運転ストップを声高に呼びかけている。
大切なのは、経営理念に基づいたこうした取り組みを、我々中小企業が真似しなくてはいけないということだ!
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□2006.09.30(Sat) |
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■平均給与
28日、国税庁の民間給与実態統計調査で、2005年1年間に受け取った平均給与が4,368,000円であったことが分かった。前年より2万円減少、8年連続でダウン。
景気回復基調により雇用は増えたものの、正社員より給与が少ないパートやアルバイトを雇う企業が増えるなど、雇用形態の変化が影響しているようだ。
調査は、約21,000社で働く正社員やパートなど約288,000人の数値を基に推計。
男女別の給与は、男性が5,384,000円、女性が2,728,000円。
平均給与の内訳は、「給料・手当」が3,694,000円、「賞与」は674,000円。
平均給与は調査方法でずいぶん変わるものだが、これら数字は社員の給料の高低を計る場合の一助となる。経営者は常に頭に入れておくのがいいだろう。
平均年収統計 http://www.vipercl.com/life/heikinnenshu/
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□2006.09.24(San) |
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■ボランティア
少し前に読んだ、サラリーマンを書いた記事を思い出した。
こんな内容だったと思うが、記憶というものはどこまでも曖昧だから自信がない。
あるサラリーマンが、趣味でコーラスをやっていて、時々、コーラス仲間たちと慰問に出かける。
慰問先は敬老会や老人ホームで、全くのボランティア活動である。
ある時、老人ホームで文部省唱歌のような清らかな曲を歌っていた。
サラリーマンは会場を盛り上げるため、老人たちに唱和を誘いかけた。
ところが、老人たちは一向に乗ってこないどころか、益々白けた雰囲気になっていく。
見かねた人が、草津節かソーラン節をやったところ大うけしたというのである。
サラリーマンがこの話を家人にしたら、こう言われたという。
「ボランティアのつもりだろうけど、お年寄りたちの方が、ボランティアで聴いてくれているんじゃないですか?」
そうなんですねぇ、視点を変えることの大切さをこの話は教えている。
主観を捨てて、相手の立場で考えれば分かりそうなことが、なぜか分からない。
この場合、ボランティアでなくて商売だったらどうだろう。
お客様からお金をいただく以上、お客様が満足するよういつも考えるだろう。
それが、ボランティアという視点が満足させるという意識を捨てさせてしまったのだ。
主観を捨てることは難しいが、せめて第三者の立場にいることは出来るのではないか。
自分を客観視する訓練をしたいものである。
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□2006.09.16(Sat) |
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■売りにくい商品を扱う
渇H根田商会(本社・名古屋市中区大須)のパンフレットを見ている。
営業用のものだろうか、この手のパンフレットには珍しく、社屋や社員の顔が1つも出ていない。
イメージ重視のパンフレットが多い中で、ここには会社を着飾る一切を切り捨てて、中身だけで勝負しようとする潔さがある。
むずかしい仕事をしようじゃないか。
表紙に書かれているこの言葉が、会社の気持ちを表している。
原価が安く、手間をかけずに瞬く間に売れる商品はどこかにないか・・・・・・。
どの企業も目を皿のようにして探します。しかし、“売りやすい”商品=誰もが扱える商品は、
当然ながら価格競争を引き起こします。その結果、売っても売っても利益は出ない。
それに反して、世の中には実に“売りにくい”商品があります。
優れものだけれど値段が高く、おまけに商品価値がなかなか伝わりにくいという実に厄介な商
品。そんな“売りにくい”商品を一生懸命になって売っているのが私たち羽根田商会です。
そうか、人がやらないことを、あえてやろうとしているのか。
それは、例えば、3.0秒の作業時間をわずか0.5秒だけ縮める商品であったり、販売するのに、営業期間が半年以上かかる商品など、本当に価値があると信じられるものだけを手間隙かけて売っているのだ。
納期を縮めてください、という前代未聞のお願いをしてしまいました。
ある時、それまで商品の注文から納品まで約1週間もらっていた期間に疑問が生まれた。
お客様にとってそれは最適な期間なのか、かえってムダな在庫を抱えさせているのではないか?
そこで考え出したのが、必要なときに必要な分だけ届けるという“即納”体制。
納品までの期間はわずか2日。そしてさらに、翌日納品をほぼ毎日やり通している。
あなたのファンを増やすのが、あなたの最初の仕事です。
売りにくい商品を扱っているのだから、説明を充分に聞いてもらえるだけの関係を築くことが必須。
「あなたの熱意でファンを増やす!」ことへの社員教育も怠っていない。
羽根田商会のこの仕事、実にチカラがつく!
渇H根田商会ホームページ http://www.haneda-shokai.co.jp/
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□2006.09.09(Sat) |
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■降りていく
資生堂会長・福原義春さんの著書『「無用」の人材、「有用」な人材』の中に、こんな話があった。
ある部長が、部下の信望を得られないといって腐ってしまった。
もともと他の部門の畑の人で、力を見込まれてその部門に来たのだが、着任早々張り切りすぎて、部下がついてきてくれなくなったのだ。
福原さんはその部長に、こうアドバイスした。
「あなたの部下は、あなたが期待しているほどの能力がないのではないか。
ただ、だからといって総入れ替えをしてあげるわけにはいかないから、あなたの方で部下のレベルまで降りていってごらん。それから一緒に上がっていくんだと考えたらどうだろう」
これでこの部長は立ち直り、部下の育成がうまく進んだことはもちろん、自分自身も管理職として一皮剥けたのだった。
これは、中小零細企業の経営に使える話だ。
能力と意欲に欠ける社員を、不出来だ、不出来だと嘆かずに経営者は自分からそのレベルに降りていったらいい。そしてその人の目線で物を見て、少しずつその能力を伸ばし、意欲を湧かせていったらいいのではないか?
部下のところへ降りていったはずが、むしろ昇っていたということもありうる。
元々次元の違う世界にいるということもあり、それを知るのも大切なことだ!
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□2006.09.02(Sat) |
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■しかり方
“柔軟”や“臨機応変”という言葉が嫌いになってきた。
“柔軟”も“臨機応変”も生活の知恵には違いないが、嘘っぽく聞こえてしょうがない。
“清濁併せ呑む”も大器量のなせる技だが、こちらもその器量が鼻につくようになってきた。
こんなことを言っては身も蓋もないが、生き方として魅力がない、というのが正直な気持ちだ。
日経プラス1に「読者おすすめのしかり方」が載っている。
「部下や後輩をどのようにしかればいいのか?」と悩む人に対して、読者が“しかり方”を伝授するという企画ものだ。
多くの読者が押しているのが、「ほめることも忘れずに」だ。
しかった後で、「こんないいところもあるのに」とか「期待している」と付け加えることで、あなたのためにしかっていることが伝わるし、ほめた後で話すと相手も気分がいいので、プイとふくれずに話を聞いてもらえる、ということらしい。
「人によってしかり方を変える。例えば人前でしかっていい人とそうでないタイプの人がいる」という助言もある。
いずれも柔軟や臨機応変ということではないか?
最近この手の話にまったく魅力がなくなってきた。
読者の方、どうしたらいいのでしょうか?ご伝授ください・・・!
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□2006.08.26(Sat) |
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■心を込めて
日経新聞・夕刊「あすへの話題」から。
今日の書き手は、前世界銀行副総裁・西水美恵子さん。
西水さんの住む英領バージン諸島には、ひとつの礼儀があるという。
朝なら「おはようございます」で始めて、必ず「ご機嫌いかがですか」と続け、肝心なのはその後。
しばらく世間話をするのである。一分前後の会話でいいが、大切なのは心を込めて世間話をすること。
散歩で出会った人、店の売り子、銀行の窓口係、見知らぬ人でも差別なしに、目と目とを合わせて心を込めることが肝心なのだ。
車検の時。今朝はいい海風ですね、と西水さんが世間話を始めたら、運転免許証を見た検査官が誕生日が同じだと喜んだ。それから、星座のことや同月生まれのマーティン・ルーサー・キングのことなど話が弾み、肝心要の車検の方は車をじろりと睨んで、はいオーケィ。
「あら、ありがとう、整備はきちんとしますから」と西水さんが言えば、「お互い信頼しあっていくことが、この小さな島国の和平に繋がるのだよ」と検査官が微笑んだ。
「人間、心を込めて信頼されたら責任感が湧く。日本も昔はそうだったのに!」
いい話だ。とりわけ雇用の場で、こうした「心を込めて」信頼することを忘れてはならない!
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□2006.08.19(Sat) |
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■医食同源
「社員食堂のレジとコンピューターを繋げて、社員の摂取カロリーを記録し、食べ過ぎ社員には教育的指導する」
この秋から、ソニーコミュニケーションネットワークが実施する社内サービス(?)。
グループ社員5千人の摂取カロリーが数値化されるので、食べ過ぎかどうかが瞬時に判別。
社員の生活習慣病を予防するため、企業として何ができるかを模索した結果の実践である。
“大きなお世話”と言ってしまえばそれまでである。
しかし、社員が安心して仕事ができる環境を、食生活から考えていく姿勢は立派。
“医食同源”といわれるように、食生活の改善は生活習慣病の予防に繋がる。
会社にとって、社員が病気になれば一労働力を失うだけではなく、社員の幸せを失くすことであり、ひいては社内の幸せまで失くすものだ、と考えてのこうしたサービスなのだろう。
いかに会社が社員を大切にしているかが分かる。
「社員食堂でのカロリー表示に慣れれば、普段の食事管理のものさしも身に付くはずです。
企業としてもできるだけのことをするつもりです」
「カロリーは毎日一喜一憂せず、1週間単位で帳尻を合わせればいい。
週に1度、携帯電話のメールに摂取量に基づいた助言を送る仕組みも作りたい」
さすがソニーさん!と言いたいが、中小企業からこんな発想が出て来ないのが悲しい。
財政事情によるところが大きいのだろうが、いかに社員を大切にするかという視点を抜きにしては、企業の発展はない、と中小企業は知るべきだろう。
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□2006.08.13(San) |
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■迷惑を掛けよ!
「知らない土地に移り住んで、うまく生きていくコツは、“迷惑を掛けること”」
と、脚本家・倉本聰さんが言っている。人とうまく付き合うためには、ついつい“迷惑を掛けない”ようにと思いがちだが、倉本さんはあえてそれを否定する。
「引越し早々、自宅に風呂がなかったので、近所の家に借りに行っていた。
それが近所づきあいの始まり。人間は誰かの役に立っていることが大切」
倉本さんらしい言葉だ。倉本さんは、かつての著書の中でもこう記している。
「人は他人から与えられることはうれしい。だが、与えることはもっとうれしい。
いや、人に与えること、人の役に立っているという意識こそが生き甲斐なのではあるまいか」
「考えてみると自分の生き甲斐も、結局そこに尽きる気がする。
脚本を書くことの最終目的は、金を得ることではなく、人様の心を洗うことである。
洗ってきれいにしてさしあげることである。
感動という名の洗剤で暮しの汚濁を洗い流してあげることである。
そして、そのことが出来た時、僕の心は初めて充足する」
北海道・富良野の雑木林の中のログハウスに倉本さんは住む。
雑木林の入り口には自筆の看板が一つ立っている。
「私有地につき通行禁止!泥棒、アベック、羆(ひぐま)も!」
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□2006.08.06(San) |
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■商売の真髄
テレビ東京「開運!なんでも鑑定団」のレギュラーで古美術鑑定家の中島誠之助さん。
1歳のときに両親を亡くし、幼年時代は親戚から親戚へ預けられ、ひもじい暮らしをした。
骨董商をしていた伯父の養子に入った後も境遇は厳しいままだった。
こんな体験が商売の信条を植えつけたのだろうか?中島さんは商売の真髄をこう語っている。
「商売の真髄は高く買って高く売ること。いいものは必ず高い。
同業者が50万円と評価した品を私は100万円で競り落とした。
するとたとえ200万円でも買う人はいるものですよ、名品は。
中島は高く引き取ってくれると次第に評判になり、えりすぐりの品ばかりが持ち込まれるようになった。安く仕入れて儲けようなんて根性だと結局、損をするんです」
すぐさま、「死馬の骨を買う」という故事を思い出した。
昔、中国で千里を走る名馬を千金で買いに行った家来が、死んだ名馬の骨を五百金で買って帰った。命じた君主は怒ったが、家来は「死馬の骨に五百金を投じた噂を聞けば、必ず生きた名馬を連れてくる者が現れるでしょう」と答えた。はたして1年もたたないうちに、3頭の名馬が集まったという。「戦国策─燕策・昭王」
中島さんの“商売の信条”と“死馬の骨を買う”の故事は、仕入れの大切さを物語る。
良い物を高く売りたければ、良い物を高く仕入れろ、と。
そういえば、知多半島のマルハ旅館の創業者・相川うめさんが言っていた。
「うちは魚を仕入れるときに、他店よりも1割高い値段で買う」
「あそこは魚を高く買ってくれる」という評判ができれば、業者は競い合って魚を持ってくる。
すると良い魚は全部、マルハ旅館へ行ってしまう。
労せずに良い魚を集める仕組みは、高い仕入れにあったのである。
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□2006.07.30(San) |
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■会社は誰のために?
「会社は誰のために」という本が話題になっている。
著者は、伊藤忠商事会長・丹羽宇一郎氏とキャノン会長・御手洗富士夫氏。
「会社は誰のために」は、様々な勉強会で時々取り上げられる永遠のテーマだ。
何とか御託宣にあずかりたいと、宇野さんの講演録を紐解いた。
そこに描かれているのは、人間の存在。企業はいつも人抜きに語れない。
「人間というのは、褒められたい、人に喜んでもらいたいという思いが非常に強い生き物です。
小学生の時は試験で良い点を取ると親に褒めてもらえる。おだてられれば木に登る。
親や周りの人が子どもの教育とか学校に関心がない家の子はあまり出来が良くない。
なぜかというと、誰も喜んでくれないからです」
「仕事も一緒です。両親、あるいは家族、同僚、恋人、みんなを喜ばせたい。褒めてほしい。
あなた、すごいわね、って恋人に褒められたら、また木に登る。そうやって人間は成長していく。
だから、大人になって仕事をせずに成長していくことは非常に難しい。
人に感動を与え自分も感動する経験があって初めて、自分を高めたいという気持ちになってくる。
つらい仕事を成し遂げると自信になるし弱い人の立場に立てるようにもなる」
「辛い仕事を通して自分が成長していく、それが仕事の見えざる報酬というものなんです。
見える報酬よりも見えざる報酬を人間というのは基本的に求めるべきものなんです。
仕事に対する考え方はそうあるべきです。
課長になりたいから課長を狙って仕事をするのは永遠に捕まらない青い鳥を追うようなもの。
そんな俗な考えを持って仕事をしてはいけない。一生懸命仕事をする。
それで周囲の人が喜び、そして自分も成長する。
それを繰り返しているうちに、課長になったり、部長になったりするんでしょう」
「言うまでもなく、会社経営はトップと部下との信頼関係がなければうまくいきません。
信頼を築くには、絶えずトップと部下が対話し、言葉の接触を続けることが必要です。
良い話でも、悪い話でも、紙切れ1枚やEメールで情報を流すだけでは社員に伝わりません。
無論、ただ話をすれば済むものではありません。
その際にトップは、自分の信念を伝え、印象に残る言葉を語らなければ意味がありません。
話し合いの場をつくることで、夢やビジョンを共有し合える関係を築くのです」
そうか、何となく分かった。会社は社員の成長の場であるなら、社員のためのもの。
そして、その家族のためのものでもある!
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□2006.07.22(Sat) |
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■進路選び
金曜日の深夜テレビ番組「探偵ナイトスクープ」をよく見る。
関西の芸人が、コテコテの話芸と身体を張って、視聴者の依頼に応えていく様が何とも小気味が良い。人情噺あり、滑稽噺ありで、落語の世界を彷彿とさせる。
レギュラーの中にタレントの北野誠がいる。
北野さんを知ったのは、かつての深夜番組「トゥナイト」が始めだったと思うが、今は、中部日本放送(CBC)のラジオ番組「ツー快!お昼ドキッ」に出演していたりして、すこぶる馴染みがある。
この北野さんが、進路選びのポイントを語っている。
写真を見るとカッコイイ!北野誠はこんなにカッコ良かったか?
高校卒業から社会に出るまでの数年間は、長い人生の中でも貴重な時間だ。
大学や専門学校は知識を身につけるだけでなく、その後の人生を考えるステップの場でもある。
この貴重な時間をどんな場で過ごすかを北野さんはこんなふうにアドバイスしている。
「最近、高校や大学を中退する人が増えていますが、とても不思議に思います。
なぜならば、親のスネをかじって自由に過ごせるのは学生時代だけだからです。
大学でも専門学校でも、学生として過ごす猶予を与えてもらったら、その時間を次のステップに生かすことが大事。絶対、途中でやめてはダメです。
そのためにも、自分に合った学校を選んでください」
「私が勧めるのは、学園祭巡りです。
これまでに百校ほどの大学に招かれましたが、学園祭を見ると校風の違いがよく分かります。
活気がある、講演を聴く態度がいい、やる気がない、だらだらしているなど実にさまざまです。
親子で一緒に出かけ、楽しく過ごせそうな学校を選んでください」
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□2006.07.16(San)
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■船中八策
日経新聞のページを捲ると、馴染みの顔が満面の笑みをたたえている。
背景にモノクロの三河湾が霧のように霞み、わずか小島が影を落としている。
中小企業家が集まる会でこの顔に出会い、すでに10年が経過した。
後先考えず体が動いてしまう、というこの行動派はあの頃から変わらない。
ラウンジから売店に至るまで観光ホテル一切を仕切り、寝る間を惜しんで働く姿は、「人間は健康第一、銭金じゃない」と言う言葉と裏腹に、勝手に体が動いてしまうのだろう。
日経・夕刊「中部を彩る」に日間賀観光ホテル社長・中山勝比古さんが写っている。
何と中山さんは、“観光カリスマ百選”に選ばれているではないか!
何の変哲もない島を「タコとフグの島」に様変わりさせた、のが選出の理由だと言われる。
独特の行動力とアイデアで、日間賀島を県下有数の観光スポットにしたのだ。
ホテルの立て替えで3億円以上の借金を抱えた25年ほど前、対岸の師崎に大型旅館がオープンした。家業の行く末を案じて乗った島への船中でひらめいたのが「タコ」。
島の周りで豊富にとれるタコを宝の持ち腐れにしておく手はない、観光資源として前面に押し出そうと、自前でタコのキャラクターやパンフレットを作り、土産物の包装紙もタコの柄に変えた。
やがて、観光協会をも巻き込み、日間賀のタコをブランド化した。
タコの次は「フグ」。フグの調理師免許取得を奨励し、フグを食べるツアーを企画した。
これが大フィーバー。閑散期だった冬場を一番のカキイレ時にした。
さて、中山さんの次なる戦略は?
「海からはマイナスイオンが発生する。料理とリラクゼーションを組み合わせた滞在型リゾートとして売り出していきたい」
中山さんのアイデアは尽きないが、困ったときにアイデアが浮かぶのは、誰にも共通するところ。そのアイデアを実践するか、しないか。さらに業界全体を巻き込めるかどうか。
中山さんは今日も、“船中八策”を無尽蔵な海の中から拾い上げている!
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□2006.07.09(San) |
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■タバコをやめる法
久しぶりに、中日新聞・生活欄「くらしの作文」を読んだ。
“生活”という根底を書いた作文は、ややもするとマンネリになり易いが、人それぞれに生活があるため、この項は枚挙に暇がない。川柳をやる身としては、この欄はネタ集めに都合がいいが、くらしの作文がときに、生活を越えた時空へ飛び出していくことがある。
「大根のおかげ」というタイトルがすぐ目に留まった。
「食生活を大根主体に変えて病気が治ったのかしらん」と思いながら読んでいくと、このタイトルは、大根が喫煙を止めさせたという内容だった。
ある主婦が、スーパーで夫の好物の新サンマと対の大根を買おうとした。
しかし、Sサイズの大根が250円と高いので、大根おろしは止めにして、レジを出た。
そしていつものように自販機でタバコを買った。
タバコを手にしたとき、主婦はふと思った。
250円の大根を高いと買わなかったくせに、240円のタバコを何の抵抗もなく買っている・・・・。
以来、この主婦はタバコを買わなくなった。自分の中で発見した矛盾がタバコを買わなくさせた。
吸いたいと思ったときは、どうして止めようと思ったかを考える。
すると、たちまち吸いたい気持ちが失せていった。
夫のサンマに大根おろしを付けることのほうが遥かに価値があると思ったとき、この主婦のようにピタッと喫煙が止められるのかも知れない。突き詰めれば、それは“理念”というやつで、理念を追いかけていけば、生活の基準が全く変わっていくのだろう。
生活にも理念が必要だと言いたいが、現実はそんなに甘くはない・・・・?
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□2006.07.01(Sat) |
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■永遠の利
眼前の利に迷い、永遠の利を
忘れるごときことなく、
遠大な希望を抱かれること望む。 ( 旧三井物産 初代社長 益田孝
)
新聞を繰ると、モノクロの写真が浮かび上がる。
目元の涼しい白髭の初老の紳士が何かを語っているようである。
その右手に大きく横たわっているのが、上の言葉だ。
写真の下にはこう解説されている。
130年前の今日、1人の若者がおこした、小さな貿易会社。それは日本の総合商社のさきがけとして、この国の近代化を皮切りに、いくつもの時代を駆け抜けてきました。そして、現代。
私たち三井物産は、止まることなく拡大と変化を続ける世界経済の中で、これからどこへ向かうべきなのか。地球規模でのさまざまな社会的課題が表面化する中で、どのように行動すべきなのか。私たちは今、あらためて大切な原点をひもとき、決して忘れてはならないものを確かめておきたいと思います。
創業者 益田孝は、1世紀の時を超えて、静かに、しかし力強く語りかけてきます。
「眼前の利に迷い、永遠の利を忘れるごときことなく、遠大な希望を抱かれること望む」。
この言葉が私たちに与えてくれる高い志を、勇気を、そして力を糧に、未来へ向けて「良い仕事」を追い求めて生きたいと考えています。
新聞の次ページには、今年の新入社員の「あこがれの経営者」のアンケート調査が載っている。
1 カルロス、ゴーン 20.2%
2 ビル・ゲイツ 9.4%
3 孫正義 6.3%
4 本田宗一郎 6.0%
5 松下幸之助 4.5%
カルロス・ゴーン氏は、深刻な経営不振に陥っていた日産自動車を再生した手腕が評価されたとみられ、他の経営者を大きく引き離してのトップ。益田孝という名は一票もなかっただろう。
しかし、地道に永遠の利を求めた経営者を私たちは忘れてはならない!
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□2006.06.25(San) |
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■メダカの学校
昨日、「メダカの学校」の案内をもらった。
メダカの学校とは、中小企業家でつくる異業種交流会のイベントで、“いい会社”、“いい経営者”、“いい経営環境”を目指した学びの例会である。
大相撲中村部屋(元関脇富士桜)おかみさん相撲部屋奮闘記
『子(人)育ては、部屋(会社)つくり』 ハァ〜どすこいぃどすこい!!
例会趣旨に次のように書かれていた。
日本の国技であり、伝統を重んじる角界に経営のヒントを学びます。
中村部屋のおかみさんは、「年をとればとるほど(経営者としての経験を積む)、自分自身の見方や価値観を変えることは難しいものです。ところが、子供(社員)という存在はそうした私たち(経営者)の固まった価値観を変えたりする最も大きな力になりうる、と私は思っています。子供(社員)と向き合うことによって親(社長)もまた成長していくのです」と著書の中で語っています。
ここでは角界という一種独特な世界のため、子供、親という表現を使っていますが、相撲部屋にとって子供とは力士すなわち社員なのです。そして親とは親方やそれを支えるおかみさんであり、経営者に例えられます。中村部屋は、大学相撲で一世を風靡した力士や外国人力士が多くなっている角界において、一貫して中卒、高卒の新弟子しかとらず、たたき上げを育てるという大きな信念のもとに運営されています。
今回のメダカの学校では、社員との向き合い方や教育法にスポットを当て、日本の伝統的な教育法に学びます。また、青春の居酒屋では力士を囲み、角界でも1、2を争うほど美味しい中村部屋のちゃんこ鍋に舌鼓を打ちながら、近況報告をしていきます。
富士桜というのは、確か「突貫小僧」の異名を取った心優しき御仁ではなかったか?
生真面目な押し一徹の相撲に始終した姿が瞼の裏に焼きついている。
参加したいと思われた方、ゴメンナサイ。すでに定員となっております!
ちなみに、「メダカの学校」は、愛知中小企業家同友会・三河支部・安城知立地区の主催。
中小企業家同友会は、経営者の資質が高められる有意義な会です!
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□2006.06.17(Sat) |
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■陽光が燦燦と・・・
日経新聞で連載されている「私の履歴書」を毎日楽しみにしている。
今月は演歌界の大御所、作曲家・遠藤実さんが執筆されている。
紡績工場で働いていた頃からの念願を果たすため、歌手を志して上京するも、挫折。
一旦は故郷に帰るものの、農家の住み込みの仕事を途中で投げ出し、再度上京。
流しで生計を立てながら、しかし歌手をあきらめ、作曲家を目指していく。
今日の“履歴書”は、上京8年で初めてのヒット曲が生まれるくだり。
その時の状況を遠藤さんはこう書いている。
できたばかりの“お月さん今晩わ”の譜面を手に流しに出た。
それまでも自作曲を歌うことはあったが、今度は反応が違う。客は静かに耳を傾けている。
二番になると店の人が手を止めて聴き入り、三番では涙を浮かべる人もいる。
流しに行った先で歌うと評判がいい。手応えもある。
だがレコード会社から何の音沙汰もないまま時が過ぎていく。桜が咲き、そして散った。
この曲がヒットしなければ新潟に帰ろう。才能も運もなかったのだと思おう。
そんなことを考えながら部屋にいた私の耳にチンドン屋が近づく気配が伝わってきた。
哀調を帯びたクラリネットの音が切れ切れに届いてくる。
やがて旋律がはっきり聴き取れるようになった。「あっ」と叫んで裸足で外に飛び出した。
ちょうど家の前をチンドン屋の行列が通り過ぎようとしている。
クラリネットを吹く先頭の男性に両手をあげて駆け寄っていた。「おれのだ・・・おれのだ」。
男性は楽器を奪われるのではないかと思ったらしい。目を剥いて、とっさに身をかわした。
私はそのまま舗装もされていない道の上に座り込んだ。
遠藤さんにとっては、じめじめした部屋の窓がさっと開き、陽光が燦々と差し込んできたのではなかったか?長く生きていれば、誰でもそんな経験がある。
しかし、凡人は案外、燦燦と輝く陽光に気づかずにのほほんと時を過ごしてしまうようだ。
成功者とそうでないものの違いは、実はこのくらいなものである。
時代が欲する要求を見逃してしまって、季節のはざまで無為に佇んでいる。
それでいいといえばいいのだけれど・・・・・。
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□2006.06.11(San) |
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■豆腐屋はもうかる!
天然にがりを使用した絹ごし豆腐の量産に成功し、2003年、業界初の上場企業になった篠崎屋社長・樽見茂(たるみしげる)さんの笑顔がとてもまぶしい。元サーファーだけあって、見た目さわやか、芯はそうとう強そうだ。
中学時代にテレビドラマ「金八先生」シリーズを見て感動した樽見さんは、路を踏み外しそうになった生徒を更生させる教師になりたかった。ところが、大学ではサーフィン三昧。3年生になって短パン、ビーチサンダル姿で就職指導課を訪ねたとき、「君に教えられる生徒がかわいそうだ」と諭され、教職を断念。代わりの夢がなく悩んでいたとき、母親がふともらした「豆腐屋はもうかる」の一言が、家業の豆腐屋での修業のきっかけとなった。
給料を貰わず、材料代を払って豆腐や油揚げをつくっては、自分でスーパーへ売りに行った。
午前2時に起床して豆腐をつくる。午前9時から午後8時までスーパーで自分のつくった商品を売り、その後、仕事場に戻って翌日の仕込をしてから就寝。食事の時間を惜しんで、菓子パンと缶コーヒーで空腹をしのいだ。
スーパーの店頭に立って1年後、手持ち資金は、工場用地を購入する際の頭金になった。「豆腐屋はもうかる」という母親の話は本当だった。目標をなくして始めた豆腐屋が天職だった。
篠崎屋の“採用情報”には次のように記されている。樽見さんの心意気がここから知れる。
豆腐業界で初めて上場を果たした株式会社篠崎屋で一緒に働いてみませんか?
2003年11月に東京証券取引所マザーズ市場に豆腐業界で初めて上場を果たせました。
当社は、昭和62年の創設以来、お客様に「いいものを安く」提供することをモットーに、高品質な製品を適正価格で販売し、人々の健康と幸せな生活に貢献することを企業理念としております。
平成12年からは「いいものを安く」提供するというモットーをより具体化するために、豆富屋(樽見さんは豆腐の腐の字を富としている)の原点に戻り、従来の製造卸から自ら作り自ら売る「製造小売ビジネスモデル」への転換を図ることにしました。
今回は、その「製造小売ビジネスモデル」として行っている「工場直売所」のスーパーバイザー並びにそのスーパーバイザーをサポートする営業事務を募集いたします。
会社の歴史はありますが、ベンチャー企業です。
若い皆さんの「やる気」「情熱」を当社で思う存分発揮してみませんか?
篠崎屋のホームページ http://www.shinozakiya.com/index.html
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□2006.06.04(San) |
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■生き物の時間
JT生命誌研究館館長・中村桂子さんが、「農業こそ小学校で必修に」と訴えている。
中村さんの主張の要旨はざっと次のようになる。
子供に農業を学ばせることで、社会が失った時間の流れを取り戻すことができるし、農業を通して子供は、“想像力”を育むことができる。同時に、自然が相手だから一生懸命やっても思い通りにならないことがあることが理解でき、また、生き物にモノサシを置いて考えるようになることで、心が豊かになる。
常々、中村さんの感性には驚かされる。
「心の教育」とよく言われるが、実際に何をしていいのかわからない中で、中村さんは「農業だ」ときっぱり言い切られる。作物を育てることで、子供が食べる意味を感じ取ることができれば、食事を食べ残すことの罪悪感も芽生えるだろうし、トマト一つとっても、苗のときに赤い実がなる将来を予測し、計画することで、見えない未来をイメージする訓練に繋がるだろう。
農業に携われば、収穫直前の作物を台風によって根こそぎ持って行かれることもあるだろうし、そうすると次は何か予防を考えたりする。思い通りにならない理不尽さも身をもって知るだろう。
そうしたことがすべて想像力や思いやりに繋がっていく・・・・。
理解できるなぁ・・・元“碧南の野生児”(大学時代の同級生が命名)としては。
私ごとき凡人は、中村さんの言外にビールのうまさを思ってしまう。
終日汗まみれの農作業を終えた後のビールのうまさは格別だろう。
「生き物」の時間は、本来そうあるべきではないか?
さしあたり、個人の感性がここでも朝露のように光っている・・・・。
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